感想日記 夜明けの青

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感想「平安姫君の随筆がかり」著遠藤遼 パラレル平安後宮を清少納言が駆け抜ける

 

 中宮定子に仕える女房、清少納言が「源氏物語」の作者、紫式部と宮中を縦横無尽に駆け巡る。内裏を騒がすふしぎな噂も、昔の恋人に頼まれた面倒事も、清少納言にかかれば「いとをかしな謎」になる。全ては、仕える定子さまにささやかな楽しみをもたらすため、宮中の常識もお構いなしに、清少納言は謎を解く。

 

 本作の最大の特徴は、清少納言紫式部が同時期に出自しているということ。また、定子の後ろ盾である中関白家、藤原道隆もまた存命の様子であり、「源氏物語」完結の一歩手前という時期にもかからわず、藤原道長は公卿ではあるものの、まだまだ権勢を意のままに、というほどでもない。

 つまり、ここで書かれている世界はあり得たかもしれないパラレルワールドなのである。

 

 清少納言紫式部がタッグを組んで謎を解くというだけでも、垂涎もの。「枕草子」と「源氏物語」が切磋琢磨しつつ、書き継がれていたとは山本淳子さんの著書でも記されていたことで、その姿を物語の形で見られるのはたいへんうれしい。「幻」の段を読んだ清少納言と、その感想を尋ねる紫式部の短いやりとりの尊さといったら、ことばに表せないほどである。

 

 本作は五章立ての連作短編形式。

 序・第一章では、かの有名な香炉峰の雪や、枕草子の名前の由来を絡めた話があり、清少納言の元夫である橘則光がたびたび登場するのは、「枕草子」に出てくる藤原伊周藤原行成たち、御曹司を彷彿とさせる。いずれも定子後宮の華さやかの演出に使われているので、則光が花山法皇の乳兄弟と強調されるのも、その辺りを踏襲してるように感じられる。

 「枕草子」を書いた清少納言のたぐいまれな観察眼が、日常の謎を前にして、遺憾なく、その力を発揮して、問題を解決に導いていくのは実に痛快で、その折々に盛り込まれた史実ネタもにやりと楽しい。

 

 ただ、藤原道長を正面からやりこめる清少納言には少し違和感があった。「枕草子」で披露される教養は、男たちが象徴する権力の力とは異なる力としてあるように自分は思う。公卿と真っ向勝負するのは道隆存命のパラレルワールドだからこそ、と読むこともできるけれど、そういった政治的力に頼らない、彼女たちなりの戦い方として「枕草子」ひいては、定子後宮の文化・教養があったのだ、と思いたい。

 権謀術数をめぐらす道長と同じ土俵に立つのならば、彼が住む謀・政治の世界に取り込まれていくことになる。彼女たちが生きていた平安時代において、それは男たちの世界と切り分けられていた。だからこそ、政治の世界とはまったく別の重力・論理で動く「枕草子」の世界は魅力的に感じられるのだろう。

 

 そういう世界をもう少し見せて欲しかった、と願ってしまうのは、この作品が魅力的だからと思う。とはいえ、それがないものねだりとも分かっているので、これは個人的なわがままということになります。

 次巻では、和泉式部が登場とのこと。一条天皇の姿もまだ見えていなかったりと魅力的な人物もまだまだ未登場なので、楽しみです。

 

 「平安姫君の随筆がかり」を読んで、一条帝の時代に興味を持った方は山本淳子さんの著書がおすすめです。興味があれば、読んでみてください。