感想日記 夜明けの青

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感想「第三の男」観覧車でのハリーとの問答

 

 何故かはわからないけれど、ふと二三日前に見たいなと思ったので観た。

 あらすじ(ネタバレあり)

 舞台は戦後の分割統治下のウィーン。友人のハリーに誘われたウィーンにやってきた、無一文の無名作家ホリー・マーティンスは街について早々、ハリーが交通事故で亡くなったことを知らされる。事故当時、ハリーの側には友人たちがいて、事故に遭った彼の介抱をしたというのだが、彼らの証言には食い違いがあり、さらには存在しないはずの三人目の男がその場にいたのだという。

 ホリーは友人の死の真相を調べるべく、ウィーンの街を駆け回るのだが、国際警察はハリーを闇商人と疑っているため非協力的で、ハリーの友人たちも何かを隠している様子だった。そんな中、ホリーはハリーの元恋人である女優のアンナと親しくなる。だが、彼女はパスポートを偽造したチェコ人であった。国際警察に目をつけられた彼女の立場は、次第に怪しいものとなっていく。

 一方、ハリーの死を調べていくうち、証人の一人であるアパートの門番が何者かに殺されてしまう。ホリーは殺人犯と疑われ、助けを求めるため、国際警察のキャロウェイ少佐に助けを求める。少佐は、ホリーを諦めさせるため、ハリーが行っていた悪事について話す。彼は軍病院から盗み出したペニシリンを薄めた、効果のない、むしろ悪影響を及ぼす薬を、闇で売りさばいていたのだ。ホリーは真実を知り、翌日の便でウィーンを離れる決意をする。

 ホリーはアンナに最後の別れを告げ、部屋を出る。物陰に隠れた人影を見て、ホリーは尾行している人物をなじる。眠っていた住人が窓を開け、ホリーに怒鳴りつけた瞬間、窓から差した光が人影を照らす。そこには、死んだはずのハリーが立っていた。

 ハリーは、ホリーを闇商売に誘う。また連絡をくれ、と帰っていくハリー。ホリーは少佐にそのことを伝えるが、おとり捜査に協力することを拒む。同じころ、アンナの強制送還が執行されようとしていた。ホリーはアンナを救うため、おとり捜査に協力する。ハリーは下水道に追い詰められ、追ってきたホリーに撃たれて死ぬ。ハリーとホリー、そして、ホリーとアンナもまた道を違えて、それぞれの家に帰っていく。

 

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 ホリーとハリーが観覧車で再開したシーン、ハリーが下に見える人間を指して、

「あの点が消えたから何だというんだ。あれ一つが、二万ポンドになるとしたら?」

 というようなことをいう場面に、戦後を生きた人間の匂いがするような気がした。映画公開は1950年、第二次世界大戦から五年しかたっていない。元より、舞台は分割統治下のウィーンであるし、当然ホリーたちは銃を取り、戦地に向かっただろう。彼ら二人は二十年来の友人だったと語られ、一方で、ホリーは闇市に劣悪な商品を流すハリーの一面を知って、絶句する。ハリーは元々、品行方正だったわけではないが、必ずしも悪辣だったわけではない。路地で不意に照らされて、ホリーに姿を見られてしまったシーンでも、ハリーの茶目っ気が分かる。何とも言えない憎めない表情で、ホリーに笑ってみせるのだ。

 上記の台詞を言わせたのは、やはり、ハリーの戦場での経験ではないかと思う。無意味に死んでいく命と、それがいっそ金になる世界ならば、どちらがましか。一方で、この映画から七十年以上が経ち、もはやハリーの台詞も陳腐化するほど聞き飽きた悪役の定型文となりはてた感があるが、それでも、色褪せないのは、時代背景がキャラクターの背後にぴったりと張り付いているからではないかと思う。

 

 そして、それに対となる台詞もこの映画には用意されている。アンナが駅でホリーに話す場面だ。

「私たちがハリーに何をしてあげたの?」

 彼の悪事をなじるのは簡単だ、というアンナの台詞も、惚れた女の愚かな弁護ともとれるが、逆に言えば、悪事に手を染めた友人に救いの手を差し伸べることはできないのか、という問いでもあるはずだ。

 映画のラスト、ホリーはその答えを出す。ハリーもまたどこかで理解していたのだろう。一人殺して二万ポンドになる世界で、無数の病人を生み出す人間を殺せば、何人が救われるというのだろう。ホリーは友の悪事を終わらせる。彼の命と引き換えに。

 

 余談だが、レビューを漁っていたら、ハリーがホリーを誘っておいて、事故を起こしていて、意味が分からないという趣旨のブログを二つほど見かけた。まず前提として、交通網や通信網が現代ほど発達していないので、ハリーが誘いの手紙(なのか電報やそのほかのものかはわからないが)を出した時期と、ホリーがウィーンに着くまでに、時間差があるということ。その間に、国際警察の手が忍び寄ってきたため、警察から逃れるために事故の狂言を起こしたということは充分に考えられる。

 次に、ホリーを呼び出した理由について。ホリー自身が語っている中に、医療問題の原稿を依頼してきた、という内容がある。恐らくハリーは、ホリーを自らの商売に引き入れようとしたのではないか。実際、作中でもハリーは彼を勧誘する。信頼できる友人がほしかった、というのもハリーの口から語られていることだ。イギリス統治領からソ連統治領に河岸を変えていることからも、もしかするとハリーはクルツたちを切り捨てて、ホリーと二人でソ連での新しい事業を始めるつもりだったのかもしれない。