感想日記 夜明けの青

主に小説・アニメ・マンガの感想、日記、雑感 誰かの役には立ちません @madderred100

感想「インビクタス 負けざる者たち」誇りと恥は表裏一体

 

 

 ネルソンマンデラ大統領を軸に、人種差別や組織の変革などについての話。物語は、ネルソンマンデラが釈放され、選挙によって、大統領にえらばれるという所から始まる。一年後には、南アフリカで、ラグビーのワールドカップが開催されることが決まっており、差別や貧困の根強く残る国を、どのように変えていくのか、というのが関心のポイント。

 

 個人的に印象に残ったポイントを上げると、ラグビー協会のような所で、アパルトヘイトの象徴である、南アフリカラグビー代表チーム、スプリングボクスのチーム名、エンブレム、ユニフォームの変更の是非を、議論していた場面。

 投票に参加するのは、当然、黒人たちで、見た所、白人はいないか、いても少数だった。多数決を取れば、当然、スプリングボクスは撤廃され、新しいチームが作られるだろう、と予測されていた。所へ、マンデラ大統領が飛び込んできて、演説をする。

 

 白人はこの国の同じ仲間だ。確かに、以前は倒すべき敵であり、憎い仇敵なのかもしれない。けれど、彼らはもう敵ではない。一度、選挙で倒した相手である以上、彼らとこれ以上戦う理由はない。

 白人と協力しなければならない。白人を攻撃してはならない。彼らがそうしたように、権利をはく奪し、国の隅へと追いやることは許されないだろう。狭量な復讐心は忘れ、寛大な心を持ち、彼らを許そう。

 

 という内容のことを話すのですが、これは今、世界を席巻している、表現の自由、あるいは人権についての、一つの重要な示唆のように感じました。

 

 スプリングボクスというチームは、上記したようにアパルトヘイトの象徴であり、黒人が国民の半数以上を占めるというのに、チーム内に黒人はチャーリーの一人しかいません。当然、黒人はスプリングボクスを応援せず、国際試合がある場合は、相手国を応援するのが常識となっているような状況でした。黒人から見れば、スプリングボクスというチームは、選挙で変化が訪れた南アフリカに、今も残る差別の証、目の上のたんこぶであるわけです。

 

 しかし、南アフリカにすむ白人にとってみれば、どうでしょう。選挙に敗れ、黒人の国となった南アフリカで、彼らは古き良き(これは当然、特権を享受していた白人の視点です)時代の表徴であり、白人の誇りなのです。

 

 ここに、マンデラ大統領が、チーム名等の変更を阻止した理由があります。

 それは、どちらかの誇りを尊重すれば、必然的に、対立するものに恥をかかせることになる、ということです。そして、マクロ的に唯一出来ることとは、双方の誇りを表明することを尊重することだけなのですが、これは一見すると、誰も救っていないように見える。

 

 今、世界を覆い尽くそうとしている、誰かを傷付けてはならない(差別をなくそう、他人への想像力を持とう、自分が他人に及ぼす悪影響を去勢しよう)という感情は、他人を傷つけるものを排除することで成立しようとしています。しかし、排除されることで傷付く人間がいるということに無頓着であったために、或いは、排除されるのには理由があり、正当な理由に基づく排除は大多数のための利益である、という論理で、排除を続けている人々は反感を招き、分断を呼び寄せてしまっています。

 

 ぼくは社会を形成する時、誰かを傷付けてはならない、という合意は意味を成さないと考えます。それはルールではなく、倫理だからです。倫理とは個人が個人を律するためにあると、ぼくは考えます。

 

 閑話休題

 

 物語は、そのように負の連鎖を断ち切るという所からスタートし、ワールドカップに向け、国が変わる瞬間に、人種関係なく、いかに国に貢献するか、という問題へと繋がっていきます。

 

 これを、ラグビーを中心に、スポコン的な物語に接続させた手腕は見事としか言いようがありません。

 

 序盤に、大統領の暗殺を匂わせる、早朝の散歩のシーンから始まり、スプリングボクスの変名阻止、復讐の応酬の回避が、サスペンスフルに描かれた上で、中盤以降、黒人と白人の融和をテーマに、ラグビーチームへと描写の焦点が移っていきます。

 弱小チームが敗退から、優勝へ駆けのぼっていくという王道で骨太の物語が、キャプテンのマットデイモンを主人公核に据えることで、マネジメント的な面白さが加わっていきます。

 

 優勝へのテンションが上がっていく中、個人的に好きなカットがあります。決勝戦では、スクラムを下から見上げるようなカットが多用されるのですが、がっと骨と骨、肉と肉がぶつかりある音が聞こえそうな、カットで、上手く緊張感が表現されていると思います。

 

 クライマックス、大統領とマットデイモンが、優勝トロフィーを授与するシーンで、短く会話するシーンがあります。

 そこでは、お互いが、お互いの貢献に感謝し合います。

 

 スポーツは政治を動かす原動力に、政治がスポーツを支える礎に。

 

 国が統一に向かって行く中で、それぞれの果たした貢献が実を結んだシーンです。

 

 涼しげな夏の夜 八月